大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)12807号 判決

原告

富田

ほか一名

代理人

千葉憲雄

本永寛昭

被告

千代田重機工事

株式会社

ほか一名

代理人

江口保夫

ほか二名

主文

被告らは各自各原告に対しそれぞれ金五三万五〇〇〇円および各内金四八万五〇〇〇円に対する昭和四二年一〇月二七日以降、各内金五万円に対する昭和四三年一〇月二一日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実《省略》

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項(一)ないし(四)および(六)の事実は当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一号証、乙第一、第二号証および被告大塚本人尋問の結果によれば、被告大塚は事故車を運転し、浦島橋方面から芝浦二丁目方面へ左折するに際して、徐行することなく、しかも前方および左側の安全を確認することなく、時速約二〇粁で左折したため、被害者に気づかず、事故車の左後輪で被害者を轢過したことが認められる。なお、右乙第一号証に対比して、徐行した旨の被告大塚本人尋問の結果は措信し難い。

二、(責任原因)

(一)  被告会社が事故車の運行供用者であつたことは当事者間に争いがない。

(二)  前記認定事実によれば、被告大塚には徐行義務違反、前方および左方注視義務違反の過失が認められる。

三、(過失割合)

〈証拠〉によれば、本件事故当時は激しい雨で、事故地点付近の商店も既に閉店して電灯は消されており、街路灯の照明もなく、事故地点のエンパイヤー自動車の角の付近は真暗であつたこと、被害者は雨傘をさしていたことが認められ、したがつて、通常の場合よりも運転者にとつては被害者を、被害者にとつては自動車を、それぞれ発見し難い状態であつたことが認められ、又、被害者の倒れていた位置は、別紙図面のとおりであつて、被害者は車道を横断するに際して最短距離を通つていなかつたことが認められる。以上のような被害者の前方および左右の安全不確認、横断方法が適切でなかつた事情と被告大塚の前記過失とを対比すると、過失割合は訴外英子二に対し被告大塚八を以て相当と認める。

四、(損害)

(一)  葬儀費等

弁論の全趣旨によれば、原告らは訴外英子の事故死のため、葬式費用ならびに諸雑費として、二一万五〇〇〇円の出捐を余儀なくされたことが認められるが、前記過失割合に鑑み、被告らに賠償せしめるべき金額は、一七万円を以て相当と認める。したがつて、特段の事情の主張立証のない本件においては、各原告に対し八万五〇〇〇円を賠償すべきである。

(二)  被害者に生じた損害

(1)  訴外英子の逸失利益

訴外英子が事故当時満九歳であつたことは当事者間に争いがない。第一二回生命表によれば、満九歳の女子の平均余命は65.60年であり、総理府統計局編・日本統計月報昭和四四年四月号によれば、昭和四三年における企業規模五ないし二九人の事業所の女子の全産業常用労働者の平均賃金は、月収二万五六六三円であることが認められる。

訴外英子は、満二〇歳に達した頃から満六〇歳に達する頃までの四〇年間、右程度の金額の収入を得たであろうと考えられ、同人の生活費としては右収入の五割と認めるのが相当であるからこれを控除すると、同人の年間の純収入は一五万三九七八円となり、一一年後から五一年後までの純収入から年毎に年五分の中間利息をホフマン式計算法により控除して死亡時における現価を求めると、

153,978×(24.98363215

−8.59011077)≒2,524,241円

となり、訴外英子は、本件事故により二五二万四二四一円の損害を蒙つたことになる。

(2)  訴外英子の慰藉料

原告両名は、死亡した英子がその生命を侵害されたことによつて蒙つた精神上の損害に対する慰藉料請求権を原告両名が相続した旨主張する。しかしながら、「死亡により発生すべき権利を生存中に取得する」とすることは論理的に矛盾であり、民法七〇九条ないし七一一条を総合的合理的に解釈する場合、七一一条に独自の存在理由を認めるには、生命侵害については同条のみが適用されるべきもの、すなわち遺族(同条所定の者およびこれに準ずる者)がその精神的損害につき慰藉料請求権を取得するに止まり、被害者自身は自己の生命侵害により賠償請求権を取得することはないものと解すべきである。したがつて、原告両名が訴外英子の慰藉料請求権を相続したとの主張は理由がない。

(3)  原告らの相続

原告両名が訴外英子の両親であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告両名以外には訴外英子の相続人は存在しないことが認められる。したがつて、原告両名は、それぞれ(1)の二分の一に当る一二六万二一二〇円を相続したことになる。

(4)  養育費

被告らは、訴外英子が収入を得るに至るまでの間の養育費教育費等を右相続分から控除すべきである旨主張する。

右の如き主張に対し、いわゆる損益相殺は、賠償請求権者が損害を受けると同時に損害発生と同じ原因によつて利益を受けた場合に限られるべきであるところ、本件の如き場合、死亡による逸失利益賠償請求権の主体は直接の被害者たる死者であつて原告らとは法人格を異にするから、いわゆる損益相殺をなすべきではない、との見解があるが、当裁判所は、次の理由により、損益相殺の法理を適用すべきものと解する。

すなわち、死者の遺族が死亡による消極的損害の賠償を請求する場合の理論構成としては、(イ)扶養請求権の侵害という直接損害として構成する方法と(ロ)逸失利益の喪失による損害賠償請求権を死者が取得しこれを相続するものとする方法とがあるが、(イ)の方法によれば勿論のこと、(ロ)の方法による場合も、生命侵害それ自体が損害であり、賠償請求権者は遺族自身であり、(ロ)の方法は賠償額算定の一手段である、と解すべきである。このように解すれば、死亡という同一の原因により、遺族は逸失利益喪失による損害賠償請求権を取得すると共に、養育等の出費を免れるものといい得るのであり、したがつて、損益相殺の法理を適用すべきことになる。

そこで、その額が問題となるが、諸般の事情を勘案し、訴外英子の養育費・教育費は成人までの年月を平均して月額五〇〇〇円年額にして六万円程度とみるのが相当である。二〇歳に達するまでの総額から年五分の割合による中間利息を前同様ホフマン式計算法によつて控除すると、

60000円×8.59011077≒515,406円

となる。そして、原告両名の負担割合は、他に特段の事情のない本件においては、各二分の一とみるのが相当であるから、控除すべき額は、それぞれ二五万七七〇三円となる。

(5)  過失相殺

以上(1)ないし(4)によつて、原告らはそれぞれ一〇〇万四四一七円の財産上の損害があるところ、前記過失割合を斟酌すれば、そのうち被告に賠償せしめるべき金額は、各八〇万円を以て相当と認める。

(三)  慰藉料

本件の態様、過失割合、原告らは被害者英子の両親であること、その他諸般の事情を総合勘案すれば、原告らの精神的苦痛を慰藉すべき金額は各一二〇万円を以て相当と認める。なお、慰藉料については、当事者の主張に拘束されないものと解する。

(四)  損害の填補

原告らが、被告会社から二〇万円、強制保険金を三〇〇万円を受領していることは当事者間に争がなく、弁論の全趣旨によれば原告らが右金額を折半して各原告の損害に充当したものと認められる。

(五)  弁護士費用

以上により、原告らはそれぞれ(一)ないし(三)の合計二〇八万五〇〇〇円から(四)の一六〇万円を控除した四八万五〇〇〇円を被告らに対し請求しうるものであるところ、弁論の全趣旨によれば、被告らがその任意の弁済に応じないので原告らは弁護士たる本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行とを委任し、手数料として一五万円を払つたほか、成功報酬として三〇万円を訴訟終了の際に支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経緯その他諸般の事情を考慮し、被告らに賠償せしめるべき金額は、各原告につきそれぞれ五万円を以て相当と認める。

五、(結論)

よつて、被告らは連帯して各原告に対し、それぞれ五三万五〇〇〇円および弁護士費用を除いた四八万五〇〇〇円に対する不法行為の日である昭和四二年一〇月二七日以降、弁護士費用五万円に対する本訴訟委任の日の翌日であること記録上明白な昭和四三年一〇月二一日以降、各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、右の限度で原告らの本訴請求を認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(篠田省二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例